ホラー映画を観る人って不謹慎?

ニコニコ動画の川上社長が人工知能で作られたウネウネ動くCGを宮﨑駿監督に見せて「障害者みたいで不謹慎だ!」と激怒されてしまうというお話でした。

どっちの言い分が正しいかはとりあえず置いとくとして・・・

これ見て思ったのは「ホラー映画を見るのって不謹慎なのかな?」ということです。

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ホラー映画を観る理由を改めて考えてみた

僕達ホラー映画愛好家(他の映画も観るけどね!)は人の恐怖や死を好んで観てるじゃないですか。

でもそれって何のため?

と問われた所でパッと答えは出せないんですよね。

いやまあ、昔から自分自身に問いかけてみたことはありますよ何度も。

例えば僕は「外国の学生達が調子に乗ってサイコキラーに襲われる話」って大好きなんです。

でもそのジャンルが好きなのはなぜ?って聞かれると答えに困るんですよね。

そりゃ小さい頃はホラー映画を観る理由はシンプルでしたよ。

「学生たちが逃げ惑う姿がみたいから」、「サイコキラーに追いかけられる恐怖を疑似体験したい」、「壮絶な死の瞬間をみたい」

子供が望むのって大抵こういう刺激ですからね、少なくとも僕はそうでした。

でも大人になってからはホラー映画を観る理由が変わってくるんです。

映画を通して“恐怖”を堪能しようとする気持ちは薄れていき、求めるものは“映画”が織りなす物語の儚さ、映像の美しさ、演者の真に迫った演技に変わってくるんです。

“エンタメ”としてしか観ていなかったものを“芸術”とし楽しむようになったのです(ちょっと大げさかもしれないけど)

ホラー映画は不謹慎なのか?

ただ芸術だなんてのたまった所で観ているものは人の不幸そのもの。結局行き着く所は血にまみれた世界。

それにホラー映画に限らずコメディにも不謹慎なコメディはたっくさんあります。

例えばクリスチャン・スレーター主演の「ベリー・バッド・ウェディング」のラストはマジで笑えないですからね。

でもそんなブラック・コメディも「面白いもの」として楽しめてしまう。

こんな僕達は不謹慎なんでしょうか。

僕は宮﨑駿監督の言うような「極めて不愉快な人間」なんでしょうか?

僕には自分が不謹慎なのかの答えを出せません。

だってその答えを出すのは僕ではなく第三者ですからね。

開発者達は不謹慎なのか?

これは僕は胸をはって違うと言いたいですね。

何故なら僕は映画を作る人達が好きで彼らは多くの“感動”を与えてくれるから。

それはホラー映画だろうとディズニー映画だろうと変わりません。

全く論理的じゃないんだろうけど・・・良いものは良い、好きなものは好き、それを貶められたら悔しい!

とま~素直に直感的に思ったことをたまには言いたいじゃないですか(ブログを書く人間としては失格だけど・・・)

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もちろんこれは宮﨑駿監督に対して言ってるわけではなく、ホラー映画を俗物的で不謹慎で下賤な輩が観るものと言っちゃう人たちへと向けた言葉です。

これまた子供じみた擁護かもしれないけど・・・

そもそもホラー映画を作る過程で不謹慎に見える事があってもそれに倫理観を持ち込むべきではないと思うのです。

表現の自由はどこまでが許されるのか

動画のような技術は所謂「表現の自由」があるが故の発展です。

でもこういった技術の発展は時に人を傷つけてしまうんですね。

ちょっと話は変わるけど、映画でも「アンブロークン」が日本を批判する内容だ~なんて一時期揉めてました。でもアレは史実を捻じ曲げて映画を作ってるのかどうかが問題だったのです。

ノンフィクションを扱うのはかなり神経質になる必要があるでしょう、全世界で放映されるわけだから少なからず影響が出ちゃうわけだし。

でも今回の動画の技術は全てフィクション、科学の進歩の為の“過程”でしかない。

その過程において不謹慎を持ち出すのはただの「表現の自由」を制限してしまうだけなのではないのか?

制限づくしでは良いものや斬新なものは生まれません。

誰かを傷つけたくて事実を捻じ曲げて放映したりするものはそこに“悪意”があるから不謹慎なんです。

しかし技術を開発する人に“悪意”はありません。

ただ新しいものを開発したい、良い物を開発したいと願ってるだけなんですよね。

何が正しいかを問い続ける

結局僕自身もなにが言いたいのかはあんまりまとまってないんですよね(え?)

ただ・・・映画に関しては何かを発明されるのを倫理観とかで邪魔されるのは違うって言いたいのです。

それは映画を作るためなら倫理観なんぞ投げ捨ててもええぞ!という意味ではなく・・・

「映画が好きでしょうがないから、多少不謹慎でも勘弁してくだれ」

って言いたんですよね。

これは映画に限った話ではなくアニメでも漫画でもその世界が好きな人ならこう思うのではないでしょうか。

もちろん、不謹慎そのものをネタにしようってのはダメだとは思いますが。

何にせよ、主張はあっても自分の考えを正解とは思えませんしすぐに答えを出してしまうつもりもありません。

何が正解か?なんて移ろいやすいものですからね、でもだからと言って正解を探すのを放棄したくもないです。

それじゃ思考停止してるだけですからね。

何が正しいのか?何が正解なのか?は常に考えていきたいものです。

 

ラストのウルトラ不謹慎以外は普通に面白おかしく楽しめる映画です。

まだ観てないんですよね、今度観てみようかしら。

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